やり方よりも、在り方
障害者が健常者を助けるのでもなければ、健常者が障害者を助けるのでもない。
ただ、「人が人を助ける」。
私たちはどこかで勝手に区別を作ってしまいがちですが、本質はとてもシンプルなのだと思うんです。
人は誰しも、人を支え、また誰かに支えられて生きています。
繋がりのなかで生きるということ
人との繋がりがあるからこそ、そこに自分という存在が立ち現れてくる。
そして、人が存在するからこそ、温かな繋がりがそこに形作られていくのだと思います。
私たちは決して孤立して生きているわけではなく、いつだって互いに影響を与え合いながら「共に生きている」のですよね。
過去に誰かをうまく支えられなかったもどかしさや、周囲との違いに悩んだ日々があったかもしれません。
だからこそ、そうした経験を通してきたからこそ、肩書きや区別を超えた「人と人」としての純粋な関わりの尊さに気づけるのではないでしょうか。
共に生きるということの意味
誰かではない自分ひとりの力で生きているように思える瞬間でも、実は目に見えない無数の支え合いの上に成り立っていたりします。
困っているときに手を差し伸べたり、逆に素直に誰かを頼ったりすること。
それは支援や貢献といった大げさな言葉ではなく、互いの存在を尊重しながら思いを「和かち合い」、生きていく営みそのものなのだと思うんです。
だって、一人きりで完璧に生きていける人なんて、この世に誰一人としていないじゃないですか。
社会が決めた枠組みやラベルを取り払ったとき、自分は今、目の前の人とどう関わっているでしょうか。
助ける・助けられるという境界線を超えて、一人の人間として誰かと共に生きている実感を持てているか。
ふと立ち止まったとき、自分の胸にそっと問いかけてみてもいいのかもしれません。

