人と自分に、何で繋がるか
昔、上司に言われた言葉があります。
「人から信用されるには時間が必要だ。だが信用を失うのは一瞬だ。」
当時は深く納得していたこの言葉ですが、もしかしたら今はもう通用しなくなっているのかもしれない……と思うんです。
条件や機能で選ぶ時代だからこそ
今は凄まじい早さで様々な技術やデジタル分野、テクノロジーが生活や仕事に取り入れられていますよね。
時間をかけて信用に足るものかどうかの中身を確かめるよりも、提供される内容が「必要か必要でないか、ほしいかそうでないか」という機能的条件そのものが、いつの間にか信用の基準になっている気がします。
つまり、機能として自分を満たしてくれていれば信用し、そうでなければすぐに別のものへ切り替えていく。
機械相手だったら、それでいいのかもしれません。
でも、私たち人間同士の関係は、それだけでは成り立たないと思うんです。
信用と取引のその先へ
機能や好条件だけで成り立っているものは、実際には「信用」という名の単なる条件であり、ドライな取引に過ぎないのではないでしょうか。
信用取引とは言いますが、信頼取引とは言いませんよね。
過去に誰かとの関係で傷ついたり、便利さや効率ばかりを求められて悲しい思いをした出来事があったかもしれません。
だからこそ、そうした経験を経て見えてくる「人間としての本当の関わり方」があるのだと思います。
本当の信用の内訳は、誰かではない自分自身が「どう在るか」によって大きく変わってきます。
人として、相手との繋がりに在り在りと関わっていった先にあるのは、条件付きの評価ではなく、その存在そのものに対する「信頼」のはずです。
存在そのものを重ね合っていく
便利な道具のように互いを利用し合う関係ではなく、温かな想いを周りと「和かち合い」ながら、本当の信頼を築いていきたいものですね。
だって、目に見える成果や機能だけで繋がる関係なんて、どこか寂しいじゃないですか。
誰かではない自分の生き方として、目の前の人とどう向き合っていくのか。
ふと立ち止まったとき、自分は今、相手に条件を求めているのか、それともお互いの存在そのものを信頼しようとしているのか。
静かに心に問いかけてみてもいいのかもしれません。

