内面の炎をbeingに灯し続けるには
「怒りは内面で起きている火事です。」
突然こう書くと「んん??」ってなりますよね。
〜ちょっと思考実験的にそう捉えてみませんか。〜
そんな意識で読んでもらえると嬉しいです。
火は、怒りは、周りに撒き散らせば次から次へと飛び火して大火になります。
そんな経験は誰しにもあるのではないでしょうか。
私は寧ろ撒き散らせていた方です。
「火を消そう」と心を静まらせようとしても、火は方向を変えてあちこちへと燃え広がっていきます。
また、心が乾燥していれば、心に風が吹き荒れれば、ことさらに拡大し大火となります。他を巻き込んで…
まず大切なのは、
最初は慌てず眺めること。
「この火は、一体何なのか」…と。
どんな火事も最初は小さな火から始まります。
いきなり大火ってことはないですよね。
また、私の経験からは
「火はしっかりと観てもらうことでそれ以上大きくなりにくくなる。」という不思議な性質があるようです…そんな気がします。
何が燃えているのか、何がエネルギーなのか、何が介在しているのか…
無視せずに包み込むようにちゃんと観ることが大切です。そうでないと一瞬で拡大していきます。
多分、火は気付いてほしいんです。
そして、
火は循環です。
循環には気付きが必要。
気付くには結局「観る」ことが必要。
必要なことに気付けば不必要な介在がなくなり、膨張・拡散・放出的に燃え続ける必要がなくなり、健全なものになっていきます。
火事は現象ではあるけれど、実態として観ない限り炎は主張し、燃え続けます。
更に、無いことにして抑圧を続けた場合、内在圧力となって周りには違和感として言わずとも伝わるし、いつか限界に達して暴発します。爆発と言った方が分かりやすいかもしれません。
【燃焼の四要素】
可燃物(酸化反応体)、酸素(支燃物)、火源(エネルギー)、連鎖反応(連続性)
燃焼の三要素が広く知られていると思いますが、連鎖反応を含めた四要素を知っておくと人間に起こる「心・精神・身体」の連鎖反応「繋がり」も観察しやすくなると思います。
内面の火事は、完全燃焼で満たされれば、姿カタチを変えて煙も出ないしそこには何も残らない。
内面の連鎖反応を無視すると、どこかで拾ったマッチ一本やライターが、あっちでシュッ、こちっちでもシュッ、シュッと…
炎上とはよく言ったものです。
beingに生きるには、状態を観る。
無意識に点いていく自分の小さな火種を嫌でも観続けていくしかないんです。
完全に燃やすか、燃焼の要素のどれか一つに気付く必要があるということですね。
でも、火だからと言って、周りから不意に消せばいいってものではありませんよね。
beingに自分を生きて活きていくに大切なことは「自分の中で静かに、情熱として燃え続けている安定した炎とすること」です。
その炎があるから、温かさとして、温もりとして伝えることも出来るのですからね。
内面のエネルギーは、不本意な燃え方にならぬように、心を見つめることが大切ということです。
つまり、心の防火管理者はスピリット、自分で在り続ける精神意識の自分です。
消防士たちの言葉
「同じ火事は2つとしてない。」
火は火でも一つひとつ皆違うのだから。
自分の炎は愛を以て自分のものとしていく。
自分の状態「being」
自己のWellbeingから道は続いていく。
自ずから己となる。
何者かになるのではなく、どこまでも自分になっていく。
自分はどんな炎を灯していくか。
自らを眺めて観ていけば常に選択していくことが出来る。
そして、足りなくなった時には、互いにエネルギーを分け合ったら佳いですよね。
在るところから必要としているところへ。
共感と和かち合い。
そこにあって理に反して膨張しているのだとしたら、不本意にdoingへ転換し、結果を手にしようと欲にかられているのかもしれません。
在るを眺める。
炎を眺める。
火を灯す。
Wellbeingとは
いのちを生きて活きること。
状態にあるもの。
経過にあるもの。
何かと何かのあいだにある。
人と人の間にある。

