勇気のサイクル

誰しにも勇気はあります。

「自分には勇気がない…」と、つい弱気になってしまう瞬間もあるかもしれません。でも、それは本当に勇気がないのではなく、これまでの人生の中で、せっかく振り絞った勇気を誰かに挫かれてきた経験があるからだと思うんです。

何度も心が折れそうになる環境に身を置いていれば、自分を守るために臆病になってしまうのはごく自然なことです。だからこそ、傷ついた過去のままで終わらせるのではなく、これからは自分を丁寧に扱い、前を向いて進むための源動力に変えていきたいですよね。

存在の示し方を変えてみる

私たちは、誰かに認められたいときや、自分の居場所を確保したいとき、つい他者を否定したり、批判したり、非難したりすることで存在感を示そうとしてしまうことがあります。

批判のサイクルの中に身を置いて、自分を強く大きく見せようとする。

けれど、そうやって周囲を攻撃しながら存在を誇示するよりも、もっと静かで、ずっと強い方法があると思うんです。それこそが、他者や自分を「肯定し、受容する」という実践です。

周りをジャッジして自分の正しさを証明する方が、一見すると手軽で強そうに見えるかもしれません。でも、本当にエネルギーが必要なのは、目の前の現実や相手のあり方をそのまま受け入れることではないでしょうか。

だって、自分と違うものを認めるのって、すごくエネルギーがいるじゃないですか。

勇気のサイクルを回していく

誰かを否定するのではなく、肯定の実践を選ぶこと。これもまた、紛れもない大きな勇気なのだと思います。

批判によって自分を強化しようとする連鎖を断ち切り、肯定と受容の姿勢を持つことで、今度は「勇気のサイクル」が新しく回り始めます。お互いを認め合い、受け入れ合う心地よい実感を、身近な人と「和かち合い」ながら生きていく。その循環の中にこそ、私たちが本当に求めている安心感がある気がします。

ここで少し、日々の関わり方を振り返って、自分の胸に問いかけてみてほしいのです。

自分が今、誰かに向けている言葉や視線は、お互いの勇気を育てるものでしょうか。それとも、誰かの勇気を挫いてしまうものでしょうか。

外側の評価に振り回される、誰かではない自分の人生だからこそ、まずは自分から肯定の最初の一歩を踏み出してみたいと思うんです。その小さな選択が、周りの世界を少しずつ、確実に変えていくのではないでしょうか。

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