子どもに語りかける前に、見つめたい自分の姿

自分の心の中に、こんな問いかけを浮かべたことはないでしょうか。

「辛い」と、素直に言える人が自分にはいるだろうか。

「助けて」と、声をあげられる人が自分にはいるだろうか。

子どもに対して「困ったときは誰かに頼っていいんだよ」と伝える機会は多いかもしれません。

『自分』には辛いと言える人がいますか?

『自分』には助けてと言える人がいますか?

子どもにそう問いかける前に、まずは大人である私たちがそれを実践できていないと、言葉を受け取った子どもは余計に苦しくなってしまうのかもしれないと思うんです。

だって、大人が素直に頼る姿を見せていないのに、子どもだけにそれを求めるのは難しいじゃないですか。

「私はいいの…」を手放すということ

子どもへの深い想いがあるからこそ、自分の気持ちを後回しにして「私はいいの…」と自己犠牲の中に留まってしまうことがありますよね。

でも、自分の感情や辛さを隠して耐え続ける背中よりも、自分の痛みを認め、人に頼りながら生きている姿こそが、何よりの教えになるのだと思うんです。

だからこそ、大人が自ら素直に助けを求め、人と和かち合って生きる姿を背中で示していくことが大切なのではないでしょうか。

人は誰しも、一人で抱え込み続けるには少し繊細すぎる存在です。誰かではない自分自身の痛みや弱さを、まずは自分自身が認めてあげたいですよね。

自分を生きる姿で伝える

自分を後回しにすることをやめ、自ら実践していく姿で想いを伝えていくこと。

それは、自分という存在を尊重し、同時に大切な誰かの存在をも真に肯定することに繋がっていくと思うんです。

今、自分は自分の本当の気持ちに素直になれているでしょうか。

まずは自分自身が「辛い」と言える勇気を持つことから、新しい関係性が始まっていくのかもしれません。