後悔から願いに繋がる。

あの時に選択を間違わなければよかった…
大事なところに気付けなかった…
あと一歩足りなかった…
と、悔やんでも後悔しても結果は変わらない。
もしも、時を戻せるならやり直したい…と思うくらい、その時に得たかったことや満たしたかった想いが自分に在るんですよね。

選択を間違えた…
気付けなかった…
足りなかった…も、結果があるからそう思うけれど、その当時も今も最善を尽くしているはずなんです。

悔やむことも悩むことも悪いことじゃありません。
だから、自分を麻痺させないでとことん感じてほしい…
そこから、悲しみ悔やむだけじゃなく、何を得たかったのか…
そこにはどんな願いがあるのかにも気付いていく。
ここに繋がっていくことが、新たに情熱を、自らを突き動かしていく原動力となっていくのだと思います。

感じることを止めてしまうというのは、自分の願いにも繋がれなくなるということ。
頭で考えた正当化の世界は、自分にも他者にも満たされない想いが潜伏している世界で、根底では、対象に転嫁した暴力的な関わり方になっているのかもしれない。

願いに繋がるコミュニケーションは存在します。今からでは遅いなんてことはなく、いつからでも関わりは続いていける。