悩みは、自分のいのちが響かせている声

多様性が大切だといわれる今の世の中で、本当に必要なのは言葉を飾ることではなく、この世界がそもそも多様な存在で満ちている事実に気づくことだと思うんです。

目の前にあるものが、ただそこに「在る」と理解する。 強制や制限を設けるのではなく、自分の中に多くの物差しを持つことで、多様性と一様性はひとつに溶け合っていきます。

それが「違うという同じが在る」という、この世界を歩くための新しい地図になります。


効率よりも「悩む力」を大切にする

私たちは、何事もスムーズに解決できる「能力」を求めがちです。けれど、それ以上に大切なのは「悩力(のうりょく)」を持つことではないでしょうか。

いかに悩むか。そして、いかに適切に悩むか。 実は、悩みというのは、自らのいのちが内側から響かせている切実な声だと思うんです。

以前の自分は、悩むことを「停滞」や「弱さ」だと捉えて、早く答えを出そうと焦ってばかりいました。 だからこそ、今は悩んでいる時間そのものが、自分という人間を深めてくれる貴重なプロセスなのだと受け容れられるようになりました。

闇の中に差す一筋の光

悩みは、自分が本当に進みたい方向を指し示してくれている、暗闇の中の一筋の光のようなものです。 悩みを無理に消し去ろうとするのではなく、そのままの形で一度受け容れてみる。

もしも悩みが一切なかったとしたら。 それは確かに楽な生き方かもしれません。 でも、深く悩むことがなければ、何かが満たされたときのあの震えるような喜びを感じることもまた、無いのだと思うんです。

だって、渇きを知っているからこそ、水の潤いに心から感謝できるじゃないですか。


見えない循環を信じて、堂々と生きる

目に見えるものだけが真実ではありません。 かつて無敵を誇った大船が、水面下の見えない氷山に触れて姿を消したように、私たちの人生も目に見える部分はごく一部に過ぎません。

自分の中にある「希(ねがい)」も、体の中を巡る血液も、目には見えませんが確実に存在し、循環しています。 その見えないものを観ようとし、大切にすることが、自分だけの道標になります。

誰かではない自分自身の人生を生きているのは、他の誰でもない自分自身です。 周りからの刺激に心が揺さぶられることがあっても、それも含めて堂々と生きていいと思うんです。

自分を肯定し、ありのままの自分を生きて、活かしていく。

和かち合いの先にある景色

自分の中に希があるように、相手の中にも小さな希があります。 妥協や我慢で無理やり「落とし所」をつくるのではなく、微細な違和感まで含めて「和かち合って」いく。 そんな共感と理解の積み重ねが、新しい未来を創っていくのだと思うんです。

いき方は、この世界に無数に在ります。

今、自分が抱えているその悩みは、どんな「希」を教えてくれているのでしょうか。 その声に耳を澄ませる勇気を、自分は持てているでしょうか。