暴力コミュケーションと、非暴力コミュニケーション。

人の失敗や出来なかった悔しさ、悲しみに対して「そんなことも出来ないのか」と言うセリフ…
それは、傷に塩を塗り込むようなものや、き裂を完全に折る行為で”暴力”なのだと思います。

さも当たり前の様に「自分は出来る」前提になっていると思いますが、生まれてきてから最初から出来る前提でいたのでしょうか。
きっと「出来ない前提」で、自分の努力や運もあったと思いますが、教えられて、支えられて今に至っているのだと思います。

だから、先程の言葉の様に暴力的に関わるのではなく、相手には何が必要なのかを理解しようとして非暴力コミュニケーションで接していくことが大切なのではないでしょうか。

そこまでして暴力コミュニケーションで自分を守りたいというのなら、寧ろ自分の方が何か決定的に”出来てない”があるのかもしれません。
それを周りの人が伝えたらどうなるか…
それは、暴力は暴力を生む結果に向かうと思います。

なぜ、”出来てない”がそこに生まれているのか…

そこに至る背景を知ろうとしなければ、努力や根性でどうにかなるものではないと思います。

人を知る。自分を知る。
戦略的に利用する為に知ろうとするのではなく、生きて活きるために知り活用していく分かち合う事が平和的な関わりなのだと思います。