計算の外側にある、今を活きるということ

日々を過ごしていると、つい正解を探して計算してしまいそうになります。損をしないように、失敗しないように。でも、生きることは計算しても答えは出ないと思うんです。

誰かを批判したり、何かの正を説いたりすることにエネルギーを使うよりも、自分はどう成っていきたいのか。ただそれだけを見つめて、自らの在り方を以てその理想に近づく方法を探求していきたい。そう思うんです。

過去があるから、今がある

以前の自分は、恐れからくる防衛本能で周りを見ていた時期がありました。 だからこそ、今はそのエネルギーを自分の内側を整えるための源動力に変えられています。あの時の葛藤がなければ、今の探求心は生まれなかったはずです。

でも、頭では分かっていても、ふとした瞬間に迷いが生じることもありますよね。だって、人間だもの、つい確実な答えが欲しくなってしまうじゃないですか。

和かち合いの中で見つける在り方

誰かではない、自分の人生を歩むということ。それは孤独になることではありません。 自分がどう在りたいかを深掘りしていくプロセスそのものを、周囲と和かち合い、響き合わせていく。そこから生まれる「活きた表現」にこそ、その人らしさが宿るのだと思うんです。

または、言葉にならない沈黙の中にさえ、その人の在り方は滲み出てしまうものかもしれません。


今の自分の選択は、未来の自分にとってどんな意味を持つでしょうか。 誰かの正解をなぞるのではなく、計算不可能なこの毎日を、自分はどんな温度で生きていきたいのか。

そんな問いを胸に、今日も自分を活かしていこうと思うんです。