共感とは

共感は、しなければならないものではありませんし、「わかる」と言うことが = “共感”じゃないんです。

「辛いよね、わかるよ、自分も一緒だよ」と言われて「あなたに私の何がわかるの??」と思っていた過去。

わかってほしいからこそ「わかる」なんて簡単に言ってほしくない、”この苦しみと痛みがあなたにわかるのか!”って、払い除けていました。

自分のことだってよく分からないのに、誰かのことなんて分からないんですよ。
だから、”分かったつもり”になるよりも、分かろうとすることが大事なんです。

その「分かる」は何の為に使っていますか。
どんな自分で使っていますか。

共感を学んで解ったのは、言葉そのものよりも「その言葉を自分の何処から発して、相手の何処に届けようとしているか」が大切なのだということです。

共感の世界観は、自分とはどんな存在なのか、自分がこれから先をどう生きていこうとするのか、何に目を向けて何を観れるのかです。

共感は、「しなければならないもの」ではなく、「あるものを在る」と観て感じるものなので、自分の「在るを肯定する不都合さ」から共感に反感したり否定したくなることもあります。

その違和感をネガティブ(否定)したまま生きるのもいいですが、僕の体験では非ウェルビーイング状態で活きてる感覚が薄かったですね。
どう生きていくかは自分で選択していけます。

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