天秤の関係よりも、シーソーの関係へ

人間関係を考えるとき、自分は「天秤」のような見方をしていないでしょうか。

天秤は、どちらが重いか、どちらが軽いかという「比較」と「計量」の世界です。損得や優劣だけで測ろうとすると、そこには常に緊張感が漂います。

しかし、自分たちが目指すべきは、天秤ではなく「シーソー」のような関係性ではないかと思うのです。

変化を愉しむための余白

シーソーが天秤と決定的に違うのは、自分の「足」が使える点です。 どちらかが地面に着いたとき、少しだけ自分の力を使って地面を蹴ってみる。そうすることで、相手を浮かび上がらせ、また自分も動き出すことができます。

一方が持っているものを少し分けてやるだけで、両方が等しく浮遊感を愉しめるようになる。それは決して自己犠牲ではなく、二人でその場を楽しむための能動的なアクションです。

循環する関係性

「足りているところから、必要としているところへ」

この流れは、決して固定的なものではありません。 ある時は自分が与え、ある時は相手から受け取る。関係性は常に変化し、変換され続けています。その流動性こそが、心地よい繋がりを生むのではないでしょうか。

欲や保身を超えた先にあるもの

自分の欲を満たすことや、自分自身の立場を守ること。それら以外の場所にも、確かな「満たされ」は存在します。

お互いに影響を与え合い、変化を繰り返しながらバランスを取っていく。 そんなシーソーのような関係を築いていけたら、自分を取り巻く世界はもっと軽やかで、豊かなものになるはずです。