あの日から…
未曾有の出来事は起きた
15年前、ある資格試験の勉強を自宅でしていた。
突然、大きな船に乗っている時の様な「ぐわんっぐわんっグラ~」と、長~い揺れに驚き、寝不足で感覚がおかしくなってしまったのか??と思った。
生れて初めて観る「大津波警報」の文字。
遠く離れた東北の地で起きた大地震…
ほどなくして緊急番組の画面で観たパニック映画のシーンの様な映像が永遠と繰り返される…
大波に飲まれる街…
なんてことだ・・・
その日のうちに職場からは、緊急援助隊の第1陣が準備を開始した旨のメールが届く。
大変なことが起きた・・・
怖くて中々眠れなかったけど、少しでも休もうと床に就いた。
日付を跨いだ3月12日午前3時59分
ゴゴゴゴゴゴゴガタガタガタガタと大きい揺れを直接感じで飛び起きた。長野県北部地震発生。
その後繰り返される余震でまともに休めないまま当直にはいり、地滑りの通報とその警戒、次々の上書きされる情報により、北部地震で寸断された孤立集落の救出に京都の防災航空隊の防災ヘリが給油に着陸しにくる。
その機体を目にすると、これは現実に起きているのだと初めて実感したことを覚えている。
私の所属したいた本部は女川町へと向かい活動に入る。
毎日入ってくる現状報告から伝わる実際の匂いのある現実。
私は結局緊急援助隊で現地へ行く事はなかったけれど、自分がこの地で出来ることはやったつもりだ。
何も出来ていないかもしれない。
でも、何かをしていないと自分が壊れそうだった。
素晴らしい活動をしてくれた人もいる。
その活動を支えた人もいる。
起きたことは変わらない…
ただ、そこには支え合いがあった。
その時、その場所で、確かにあったいのち。
年齢も性別も役割も立場も収入も職業も一切関係なく吸い込まれてしまったいのち…
失われた命は決して還ってくることはありません。
亡くなってしまったいのち…
もっとこうしておけばよかった。
あの想いを伝えておけばよかった。
行くな!って、例え嫌われたとしても、もっと真剣に言っておけばよかった…
亡くなってしまったいのち…
そのいのちが、自らの命を賭して伝えていたこと。
それは、遺された私達全員がこう捉えることができるのではないか…
「ほんの少しのタイミングや偶然の何かによって、私の替わりにその出来事に巻き取られて逝ったのではないか。」
いのちへの共感。
「その姿は、私の替わり、一歩間違えれば私がそうなっていたであろう姿なのだと…」
亡くなった命は、遺された私達がどう解釈するかを問うている。
私達は問われている。
何も出来なかったからこそ、今ここに生きている自らのいのちをどう使っていくか。
賜ったこのいのちをどう生きて活きていくのか。
より佳く活きていく。
「亡くなられた多くの方が自らのいのちを賭して私達に託してくれたものがある。」と、そう思えるのではないだろうか・・・
託されたいのちを繋いでいること。
気付いていかなければならない。
勝ち残ることでも、争いでも戦いでもなく、紡ぐこと。
小さないのちだからこそ出来ることがある。
繋がりの中で生きている。


