言葉の奥に響く音
今使っている言葉は、果たして「自分の言葉」なのでしょうか。 ふと立ち止まって、そんな風に考えてしまうことがあるんです。
私たちは日々の暮らしの中で、たくさんの言葉を交わしています。 でも、もしかしたらその言葉は、欲や保身、あるいは誰かとの競争に塗れて、体温を失った音になって響いているのかもしれない……と思うんです。
もしそうだとしたら、その冷たい音はいったい何を生むのでしょうか。 誰かではない自分自身の胸に、ちょっとだけ手を当てて意識してみてほしいのです。
心の鼓動は美しいか
過去の不器用な歩みの中で、自分の弱さを隠すために、心にもない言葉を並べてしまったこともありました。
だからこそ、言葉の裏側にある本当の動機に、敏感でありたいと思うんです。 飾り立てた言葉で誰かを圧倒したり、自分を大きく見せたりすることに必死になっているとき、私たちの心の奥はどこか置き去りになっています。
今、自分の心の鼓動の音は聴こえますか。 その音は、美しいでしょうか。
だって、言葉ってただの道具じゃないですか。 語る人の生き方や、その瞬間の心のあり方が、そのまま音になって相手に伝わってしまうものだと思うんです。
美しき音を響かせるために
大切なのは、言葉の出どころに美しき音を持つこと。 その音を自分自身で静かに聴き、そして周りへと響かせていくこと。
綺麗に取り繕ったセリフを並べるよりも、少し不器用でも温かい、体温のある響きを誰かと「和かち合い」ながら生きていけたら佳いなと思います。
私たちは無限ではない時間の中で、日々誰かと関わり合っています。
今、自分が口にしようとしているその言葉。 それは、自分の内側のどんな音から生まれてきたものでしょうか。
その音にじっと耳を澄ませてみることから、本当に大切なつながりが始まっていくと思うんです。

