バランスは、言葉よりも中身の質が大事
バランスおじさんの登場と、ふとした疑問
「世の中バランスが大事なんだよ」
時々、私たちの前に現れる「バランスおじさん」。 確かに、言っていることはその通りだし、一理あるなとは思うんです。
でも、そう言われるたびに、心の中でふと問いたくなることがあります。じゃあ、そうやってアドバイスをくれる諸先輩方は、一体これまでどのような生き方をされてきたのですか、と。
今のこの世の中は、あなた方が言う「バランスがとれている状態」なのでしょうか。
綺麗にまとめることへの違和感
何事も中庸が大事、極端に走るな。その言葉はとても正しくて、傷つかないための賢い世渡り術なのかもしれません。
だけど、誰かではない自分の人生を必死に生きようとするとき、私たちはいつも泥臭く、どちらかに大きく傾きながら、必死に足掻いているのではないでしょうか。最初から綺麗にバランスを取れる人なんて、きっといないと思うんです。
だからこそ、私はただ安全な場所から「バランスをとりなさい」と押し付けるような人にはなりたくない。
だって、本当に心が動くのは、綺麗に整えられた正論よりも、その人が実際に傷つきながら掴み取ってきた生の言葉じゃないですか。
私が目指したいおじさん像
私が目指したいのは、正しさを振りかざす人ではなく、自分の生々しい体験からの話がちゃんと出来るおじさんです。
失敗したことも、かっこ悪かったことも、全部自分の血肉にして語れる人。そんな大人の言葉なら、耳を傾けたいと思えるし、自分の不器用な生き方さえも肯定してもらえるような気がするんです。
今、自分は誰かに言われた「バランス」の中に、小さく収まろうとしていないだろうか。
周りの目を気にして器用に生きるよりも、まずは自分の内側にある感覚を信じて、一歩を踏み出してみたい。
体験から得た気づきを、誰かと「和かち合い」ながら、より佳く生きて活きる道をいこうと思います。

