自分の靴を履く
自分の靴だと思って履いた誰かの靴って、やっぱりどこまでいっても誰かの靴で、自分には合わないんですよね。
履くときからどこか違和感があるでしょうし、靴擦れの痛みや履き心地の悪さ、ソールの削れ癖までもが、誰かの歴史そのものです。
お洒落な靴や流行りの靴を羨ましく思って履いてみても、同じことなのかもしれません。
自分にフィットする一足になるまで
自分にぴったりと合った靴になるためには、苦楽を共に歩んできた月日が必要なのだと思います。
思い通りにいかない日々や、たくさんの試行錯誤があったかもしれません。
だからこそ、そうした時間を共に乗り越えてきたからこそ、その靴は自分だけの特別な相棒になっていくのではないでしょうか。
自分の足で歩くということ
誰かではない自分自身の歩幅で歩んでいくこと。
周りの足跡に合わせようとして、誰かの履き慣れた靴をそのまま借りて歩こうとしても、結局は傷ついてしまうだけだと思うんです。
でも、最初からしっくりくる靴なんて、本当はどこにも存在しないのかもしれません。
だって、履き込んで自分の足の形に馴染んでいくプロセスこそが大切じゃないですか。
誰かの真似をしたスタイルではなく、自分自身の歩みと想いを誰かと「和かち合い」ながら、少しずつ自分なりの歩き方を見つけていけばいい。
ふと立ち止まったとき、自分は今、またはこれからも「誰かの靴」を無理して履き続けようとしているのか。それとも、自分だけの靴を育てていこうとしているのか。
一歩を踏み出す前に、そっと心に問いかけてみてもいいのかもしれません。

