「全託」という生き方、共創のカタチ

何かを成し遂げようと「目的優位」で動いているとき、自分たちはついつい、計画や進捗、管理といった言葉で物事をコントロールしたくなります。 自分の思う通りに世界を動かそうと、必死に操作や制御を繰り返してしまうんです。

でも、そうやって自分の思い通りにいかないとき、心はひどく不快になり、さらに自分や周囲に負荷をかけてコントロールを強めようとしてしまう。 思うようにしているはずなのに、全然思うようにならない……。それって、本当の「苦しみ」だと思うんです。


人生という尺度が教えてくれること

だって、必死に手綱を引いても、世界は自分の都合だけで動いてはくれないじゃないですか。

でも、いのちの時間である「人生」という大きな尺度で観てみると、そもそも人生は制御できるものではないことに気づく瞬間があります。 人生は、自分自身の力でゴールに向かっているようでいて、実は何かもっと大きなものに運ばれている。そんなふうに自分は感じるんです。

「制御」から「委ね」への転換

かつては、すべてを自分の管理下に置かなければ不安で仕方がなかった時期もありました。 だからこそ、今はあえて「自分で制御するよりも、自分に委ねて生きてみよう」と思えるようになったんです。

私たち一人ひとりがこの命を担っているのだから、無理にコントロールしようとするよりも、この「いのち」そのものを信じ、任せて託してみる。 「苦」というものがなぜ生まれるのかを深く見つめてみると、それは自分の思い通りにしようとする執着から生まれているのかもしれません。

不思議なことに、その「苦」を無理に排除しようとせず、そのまま受け容れてみると、苦しみはふっと離れていき、内側から満たされた感覚が訪れてくると思うんです。


ルールよりも、信じて託すこと

組織や人間関係において、厳しいルールを敷いたり、失敗に対して負荷や罰を与えたりすることで人を動かそうとする場面があります。 でも、本当に大切なのは、そうした縛りをつけることではなく、一人ひとりが「全託」の想いを実践していくことではないでしょうか。

自分を、そして相手を信じて任せる。 人はただサヴァイブするために必死に生きているのではなく、この命を最大限に「活きる」ために存在している。

お互いにコントロールし合うのではなく、それぞれが自分の命を活かしながら、大きな流れに身を任せて響き合う。 本当の意味での「共創」とは、そういう静かで力強い「和かち合い」の中にこそあるのかもしれませんね。