今日という一日を、丁寧に生きて活きる
世の中には素晴らしい目標や、高い志が溢れています。もちろん、それらを目指して進むことも一つの素敵な生き方だとは思います。
でも、遠くにある大きな目標を掲げることよりも、今日という新しい一日を自分なりに「生きて活きる」こと。そのこと自体を目標にする方が、いのちの巡りとしては、今の自分にしっくりくる生き方なのだと思うんです。
足元にある「いのち」の感覚
私たちは、ついつい「何者かにならなければ」と焦ってしまうことがあります。 だって、何もしない自分には価値がないように思えてしまうじゃないですか。
けれど、本当はただ今日という日を自分らしく呼吸し、自分の命を使い切ること。それ以上に尊いことはないのかもしれません。特別な成果が出せなかった日があったとしても、自分なりにその日を「活きた」のであれば、それで十分なんだと思うんです。
痛みがあるからこそ、今がある
過去には、自分の思い通りにいかなくて、立ち止まってしまった日々もありました。 だからこそ、当たり前のようにやってくる「今日」という一日の愛おしさが、今の自分を動かす力強い源動力になっているのだと感じます。
未来の大きな成功を追いかけるよりも、今この瞬間の自分を和かち合い、大切にすること。
誰かではない自分として、今日をどう彩るか。 それは、他の誰にも代わることができない、自分だけの自由な選択です。
自分の歩幅で進む
立派な目標に縛られて息苦しくなるくらいなら、もっとシンプルに、自分のいのちが喜ぶ方向へ歩いていきたい。
「自分なりに生きた」と、眠りにつく前に心から思える毎日を積み重ねていく。そんな生き方のほうが、長い目で見れば人生の霧を鮮やかに晴らしてくれる気がするんです。
今日、自分は何に心根を動かし、どんなふうに命を活かしましたか。
そんな小さな問いかけを自分に贈りながら、明日もまた、自分なりの歩幅で歩いていこうと思うんです。

