『課題の分離』は分離が目的ではないよね
アドラー心理学などでよく耳にする「課題の分離」。自分と他者の課題を切り離して考えることで、人間関係の荷物がすっと軽くなる素晴らしい方法ですよね。
でも、課題の分離は、ただ冷たく分離して終わりにしてほしくないなと思うんです。
人間関係で行き詰まったり、相手の問題まで背負い込んで苦しんだりした経験があるからこそ、その痛みを今を生きる源動力に変えて、この捉え方をもう一歩深く扱ってみたい。そんな風に感じる日々です。
それぞれの存在を眺める
課題を分けるというのは、決して相手を突き放したり、無関心になったりすることではないと思うんです。ただ、それぞれの存在を静かに眺めること。
だって、私たちはそれぞれ全く異なる背景を持った、独立した一人の人間じゃないですか。
誰かではない、自分自身の人生をしっかりと生きる。そのためにまずは境界線を認識する。そして、その分離された境界線の外側にも、実はお互いを尊重し合いながら共に在る「つながり」の世界が広がっているのだと思います。
共に在る”つながり”の世界へ
課題の分離は、関係を断ち切るための道具ではなく、むしろその先にある本当の調和を大切にするために活用する意識の捉え方の一つなのだと思います。
自分の課題と相手の課題を分けたとき、自分の中にどんなスペースが生まれるでしょうか。そして、そのスペースを使って、目の前の人とどんな新しいつながりを築いていきたいですか。
そんな風に、日々の関係性に少しだけ問いを立てながら、立ち止まって見つめ直してみたいものです。
大切な気づきを心の中で静かに「和かち合い」ながら、心地よい温かさのある世界を広げていきたいと思うんです。

