可能性を閉じ込めているのは、自分自身かも

有限な時間を生きているはずなのに、なぜか「いつまでもこの状態が続く」と思い込んで、変化を先延ばしにしてしまう。そんな風に、有限なものを無理やり無限に引き延ばそうとする回避の意識って、誰にでもあると思うんです。

けれど不思議なことに、その意識は同時に、本来なら無限に広がっているはずの可能性を「自分にはこれくらいが妥当だ」と、狭い枠の中に閉じ込めてしまいます。

決めつけの先にあるもの

大切なのは、有限な現実の中から無限の広がりを見出していくこと。そのためには、自分が無意識に引いてしまった「自己限定」のラインの先を観る、そんな意識の使い方が必要だと感じるんです。

でも、新しいことに触れようとすると、つい防衛本能が働いてしまいますよね。

心のブレーキを外してみる

「すぐ無理だよって言いたくなりませんか?」

新しい選択肢を前にしたとき、無意識に言葉が漏れてしまう。でも、本当に無理なのでしょうか。私たちはいつの間にか、傷つかないための理屈で物事を収めようとしてしまいます。

自分を守るための言い訳は、かつて……ではなく、以前の自分にとっては必要な盾だったのかもしれません。だからこそ、今はその盾を置いて、もっと自由に可能性を信じてみたいと思うんです。

だって、一度きりの人生じゃないですか。

「誰かではない」自分のための選択

誰かではない、自分自身の人生をどう彩るか。

自分の内側にある葛藤や過去の経験を、ただの痛みとして終わらせるのではなく、これからの糧として「和かち合い」ながら進んでいく。そんな風に、少しずつ自己限定を外していく作業が、今を生きる力強い源動力になると信じています。

今の自分が見ている景色は、本当に世界のすべてでしょうか。 そんな問いを自分に投げかけながら、今日という日を丁寧に過ごしていきたいと思うんです。